合格体験記

偏差値40からの早慶逆転合格体験記【パート6】

多くの受験生にとって開幕戦となる、センター試験に挑んだ1月。

早大志望だった僕ですが、絶対に落とせない一戦でした。



センター試験の重要さ

私大がメインの僕ですが、センター試験はとても大きな意味合いを持っていました。

なぜなら、センター利用で滑り止め校を確保し、早大一本に集中したいと考えていたから。

 

僕はセンター利用でGMARCHの複数学部へ志願書を出していたので、合格ができれば、その後の早大受験が楽になるのは明らかでした。

地方在住の人間にとって、首都圏の大学を受験することは「受験をする」という単純な苦労だけでなく、東京に宿泊するという心身の疲弊が伴います。

当時18歳の僕は、ひとりで東京に行ったことすらなく、もしそうなるのであれば不安になるのは間違い有りません。この辺にも首都圏と地方の格差は生まれてしまうのです。

 

つまり、早大合格の為にも、センター試験は絶対に落とせませんでした。

 

長いようで短かった受験勉強。

いろいろと考えながら会場へと向かいました。

 

その日は雪でした。

朝は電車で会場の最寄り駅まで移動し、駅からはバスで雪道を進みます。

会場へ到着し、いざ席に着くと、模試とは違う圧迫感があったことを覚えています。

 

今まで使い込んできた参考書を開き、心を落ち着かせる程度にパラパラと読み漁り、そうこうしていると、あっという間に試験開始時間が訪れました。

『何があっても絶対に焦らないでやろう』と心に強く言い聞かせ、遂に試験スタートです。



センター試験の結果

とにかく集中していたので、試験中のことはあまり覚えていません。

社会・国語・英語の順に試験は行われ、少し国語でミスをしてしまったなという感じはあったものの、その他は安定して終えることが出来ました。

 

会場を出ると、時間は19時を過ぎ。すっかり冬の夜で、真っ暗だったと鮮明に記憶しています。

両親が車で迎えに来てくれていたので、それに乗り込むと同時、すぐさま解答速報を見て答え合わせを始めました。

ドキドキしながら、まずはミスの感触があった国語の採点を行います。

『よし、、、順調だ』『あ、、、ここミスしてる、、』

そんな事を考えながら答え合わせを進めて行き、結果は160点。

少し物足りなさはあったものの、最もネックだった国語で大ミスすることなく終え、一安心です。

次に、社会(政経)の採点を始めます。

『よし、よし、、、あーーこれこっちだったか、、』

こんな感じで、結果は95点

これなら満点欲しかったなーなんて贅沢を思いつつ、これは大満足でした。

 

そして、最後に英語の採点です。

僕にとって、英語はとても思い入れが強い科目です。

受験勉強を始めようと決意した時、受験に関して何も知らない、国立と私立の違いすらわからない中で、まずは英語に手を付けました。

中学生レベルの英語からスタートし、そこで学べたモノは”単なる英語力”だけではなく、その後の国語や社会の学習を効率的に進める土台となった、『勉強のやり方』でした。

そんな英語だけは絶対に落としたくなかった。

 

そして、自己採点を始めます。

大問1の発音・アクセントとその次の文法問題で合計10点位落としたものの、その後は1問もミス無く、結果は190点。

大学受験は全ての科目の合計での勝負です。1科目が飛び抜けていても、なかなか合格には結びつきません。

それでも、英語でしっかりと期待した点数を取れたことは、本当に嬉しかった。少し泣きそうになったものです。

ちなみに、リスニングは24点位でした(笑)。

僕はリスニングが苦手で、対策も何一つ取らずに挑んだので、『他で稼いでリスニングは平均点取れればいいや』くらいの気持ちでしたが、結果的には平均点を下回るという事態で、少々焦りました…。

 

解答速報での自己採点ながら、両親に『恐らくMARCHは合格したよ!』と報告すると、本当に安堵といった感じをしてくれたのを覚えています。

僕の両親は共に高卒で、大学受験勉強に関して何も知りません。

しかしながら、僕が早大へ行きたいと言った時から今に至るまで、一度も馬鹿にする事なく、応援し続けてくれました。

そんな2人からすれば、難関私大として名を馳せるGMARCHに合格したという報告だけでも、本当に喜んでもらえたのだと思います。

 

自分のため、そして父と母のために頑張った結果でした。

遂に迎える早大入試

センター試験が終わり、そこから約1ヶ月後に早大入試が行われます。

センター利用に関しては、マークミスさえ無ければ出願した大学は合格していると確信出来たので、一般入試で出願したのは早稲田大学のみ。

マークミスが100%無いとは言い切れないので、合格通知が来るまでの1〜2週間は少しドキドキでしたが、結果として『立教大学経済学部・青山学院大学国際政治経済学部・中央大学経済学部』にしっかりと合格していました。

滑り止めも確保し、大学受験も残すは1ヶ月。

何も考えずに一心不乱になるべきこの時期に、僕の受験生活でも最も苦しかった時期が訪れるのでした。

続く

偏差値40台からの早慶逆転合格体験記【最終章】





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