合格体験記

偏差値40からの早慶逆転合格体験記【パート2】

入試倍率0.9倍という、文字通り『全入』の高校に進学し、遂に高校生活がスタートとなりました。

高校入学で精一杯だった自分にとって、大学受験なんて遠く彼方の存在。そんな中で『都会への憧れ』が芽生え始めます。



偏差値20台をも記録した時期

僕が最初に大学受験を意識したのは高校2年生の秋です。

それまでは、当時流行っていたプレステのモンスターハンターとか、パソコンでのオンラインゲームだとか、部活だとか、ありきたりな高校生活を送る日々でした。

ともかく、それまでの期間は『全く勉強していなかった』という事だけはハッキリと覚えています。

模試は偏差値20台を記録することも。学年190人いて、180位くらいを取った事もありました。

受験者全員合格の高校で、不良みたいな人も沢山いてこの順位ですから、相当ヤバかったですね(笑)。

赤点なんて日常茶飯事で、ヤンキー軍団と仲良く追試を受けていた記憶があります。

 

そんな僕がなぜ大学受験を意識したのか?

 

僕は最初に記載した通り、ド田舎の出身です。

しかし、インターネットが子供の頃から大好きで、まだまだネットが普及しきっていない10年前くらいから、常にネットと共に生きてきました。

ネットを開けば、田舎に住む僕でも全世界への道が開けています。

田舎に生まれ、狭い世界しか知らなかった僕にとっては、外の世界は全てが新鮮・衝撃的な事ばかりでした。

 

そういった生活の中で、初めの内はネット上で見るだけで満足していながらも、段々と成長していくにつれて『田舎から出て、自分の身体で実際に見たり触れたりしたい』という思いが強くなってきたのです。

 

また、部活の同級生の影響も非常に大きかった。

僕は部長をしていて、そんな時に優秀な人の多くが同じ部活動に所属しているという事実は、偏差値20台すら取るような自分を辱め、奮起させるには十分な理由でした。

知っている大学は『東大・早慶』のみ

気持ちの葛藤を経て、高校2年生の秋、遂に大学受験に対して初めて行動を取りました。

しかし、いきなり壁にぶつかります

それまでまともに机に座ったことすら無い人間が、いざ何かを始めようとしても、何をすれば良いのかわからないのです。

本当に何一つ”勉強”というものに触れていなかった為、この時の成績は模試(進研記述)で平均偏差値30台…。

 

そこで、まずは形だけでも受験生っぽくなろうと考えた末に、”志望校”を定める事にしました。

しかしながら、そこでも問題が発生します。

当時、僕がマトモに知っている大学と言えば『東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学』と地元の国立大学くらいでした。どこも偏差値30台ではお話にならない難関大学です。

とはいえ、それしか知らないのだからその中から選ぶしかない。

 

まず、都会に出るというのが第一目標だったので、地元は選択肢から排除されます。

その次に考えたのは東京大学です。

田舎の偏差値40台の高校に通い、その中でも最下位を争う人間が東大なんて考えてしまうですから、無知とは恐ろしいものです。

しかしながら、その幻想はすぐに打ち砕かれます。その理由は、難易度も当然ながら、その科目の多さでした。

 

というのも、僕は国立大学と私立大学は科目の数が違うと知らなかったので、その時初めて国立大学に必要な科目数が7科目であると知ったのです。

東大の難易度に絶望するのではなく、科目が多いという単純な理由で諦める辺り、本当に受験を知らない状況だったのでしょう。

ともかく、3科目でも偏差値30台を取っているのに、それに加えて4科目もやるのはさすがに無理だ…と、次に名前を知っていた早慶に選択肢を絞るのでした。



早稲田にしよう!

偏差値30台を取るような状況で、そもそも大学受験をするかどうかすら悩んでいるような状況だったものの『どうせ私立に行くなら、一番良い大学に行きたいな』くらいの軽い考えで、志望校を早慶とすることになったのです。

 

そこで再び選択肢が生まれました。

早稲田か慶應、どちらを第一志望とするか。

最終的には高校3年生に上がった際に選択科目を政治経済としたので、慶應を受験をする事は無かった(慶應義塾大大学は政治経済を選択出来ない)のですが、この時点ではまだ社会科目の選択をしていなかったので、早慶どちらでも良い状態でした。

 

そんな中で、色々と調べていく内に、早稲田に惹かれていきます。

 

最初に書いた通り、僕はド田舎生まれの両親高卒、いわゆる”雑草人間”です。

 

当時、慶應=おぼっちゃま、早稲田=バンカラ(ハイカラの対語)というイメージを持っていた為に、雑草な自分に慶應は合わないと考えたんですね。

 

そんなこんなで、遂に早稲田大学を第一志望と決めたのでした

早稲田塾にでも入るの?と言われる日々

志望校を早稲田大学と定めた翌日、学校で友達に高らかに宣言をします。

 

『俺、早稲田目指すわ』

 

偏差値30台の僕より下の成績を取っている人はほぼ周りにいない中、いきなり早稲田を目指すなんて言い出したので、当然呆れられました。

友『知ってる?早稲田って偏差値70取らないと受からないんだよ?』

こんな風に諭され、肩を落としながら、先生に相談しに行きます。

 

『先生!俺早稲田に行きたいです!』

赤点追試常連の生徒がいきなり突拍子もないことを言い出し、先生もポカーンです。

先生『早稲田塾(予備校)に入るのか?ここら辺の地域には無いぞ?』

こんなことを言われる始末でした。

 

しかしながら、自分自身でもこういう返答をされるというのはわかっていました。

 

僕の高校から早稲田大学に入学する人は毎年1〜2人、それもほとんどが、進学コースの人たちです。

普通コースの偏差値30台、定期テストですら赤点追試常連の生徒がこんなことを言い出しても、相手にされないのは当然です。

 

それでも僕は周りに声高らかに宣言したかった。

声に出せば後にはヒケないし、馬鹿にされる事すらも奮起材料としたかったのです。

この日からは大好きだったネトゲも控え、少しずつ机に向かい始めることとなりました。

続く

偏差値40台からの早慶逆転合格体験記【パート3】

 





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