偏差値30台からの早慶逆転合格体験記<パート1>




僕の出身高校は、偏差値40台の高校でした。

入学時は、定員割れとなったため、名前さえ書けば合格出来る、本当の意味での『全入』だったことを覚えています。

そんな高校で、自身も偏差値30台を取るような境遇から一念発起し、早稲田大学教育学部へ現役で逆転合格を果たしました。

その後、経済学への興味から、仮面浪人を経て早稲田大学政治経済学部へ再受験し、合格しています。

ほっしー
早稲田to早稲田という、少し変わった経歴です。
その他にも、中央大学法学部や立教、青山学院、中央の経済学部などにも合格しています。

そうした経緯もあり、受験に関しては豊富な経験をしてきました。

そこで、勉強方法やモチベーションで思い悩んでいたり、不安になっている全国の受験生に向けて、自分のルーツをここに書き連ねていきます。

大学を全く知らない田舎少年

僕が生まれたのは、ドがつく程の田舎でした。

電車は1時間に1本。市街地から少し離れれば、一面田んぼや畑だらけ。

実家から車で10分くらいの祖父母の家では、牛や鶏が飼われているようなところです。

僕の両親は、2人共農業高校の出身。当然大学なんて行っておらず、高卒です。

両親は共働きで、そんな環境で育った僕にとって、大学とは想像すら出来ない、別次元の存在でした。

ほっしー
田舎あるあるだよね〜

後述しますが、最初に大学受験を意識したのは高2の秋。

知っている大学名と言えば、『東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学』くらい。

それも、スポーツや芸能人の出身校として名前を聞いていたくらいで、国立大学と私立大学の区別すら全く分かりませんでした。

そんな僕が初めて”勉強”をしなければいけないと感じたのは高校受験のときに遡ります。

 

当時、中学生の僕は『とあるもの』にドップリハマっていたのです。

それは、オンラインゲーム(ネットゲーム)

家に帰ればすぐにパソコンのスイッチをON。

中毒症状と言える程までにハマってしまい、1日10時間くらいのログインは日常的。

親に隠れてコソコソと深夜までやり続けた日々を思い出すと、一歩間違えたら…と今でも少し恐くなることがあります。

当時はスマートフォンが普及していなかったので、オンラインでゲームをやっていること事態が稀でした。いわゆる『オタク』と言われていた時期です。

しかし、いよいよ高校受験が近づくにつれて、少しずつ環境が変化します。

両親も高校はしっかりと行って欲しいと考えたのか、今までの放任から一転して、ネトゲ禁止令を出してきたのです。

抗議の末に完全禁止は免れたものの、今まで10時間以上やっていたネトゲの時間は大幅に制限されることに。

とはいえ、自分でも『さすがに少しは勉強しないとな…』という気持ちも少しは芽生え、少しは自粛する様になりました。

目指したのは、地域唯一の普通高校

そんな僕が目指した高校は、地元にある普通高校。

というよりも、それ以外の選択肢が僕にはありませんでした。

田舎では選択できる程の数、高校は存在しないのです

ほっしー
田舎あるある〜(パート2)

1学年が5クラスの規模だったのですが、内4クラスが普通コース、1クラスのみ進学コース(レベルが高い)という学校です。

当然の流れとして、僕は普通コースを目指すことになりました。

 

そして、中学3年生の冬。

ネトゲを控え、少しばかりの勉強をこなした結果、見事合格を勝ち取ることができました。

ただ、控えたとはいえ、試験前日も隠れてネトゲをプレイしていましたし(完全に中毒)、大して努力もせず合格したため、『勉強楽勝だな』なんて思っていましたが、当たり前のことだったのです。

なぜなら、その年の僕の高校は定員割れを起こし、倍率は0.9倍だったのです。

つまり、文字通り名前を書けば受かる『全入』です。

 

とはいえ、そんな高校でも『合格』は嬉しかったものです。

そうして、僕の高校生活が始まるのでした。

高校生活スタート

高校入学を果たすことが出来たものの、不安だらけのスタートでした。

 

今でも鮮明に記憶しているエピソードがあります。

入学から数日経ち、休み時間に教室のドアが強い勢いでバンッと開かれ、なんだなんだ!?と見てみると、ガラの悪い先輩が3人が立っているのです。

そのまま壁をドンッ!と勢い良く叩き

「◯◯いるか?ちょっと来いや!」

と言い放ち、クラスの1人が連れて行かれました。

 

クラス中がざわつく中、連れて行かれた友人が数十分後に帰ってきたので、皆で話を聞くと「校舎裏に連れて行かれて殴られた」とのこと…。

ほっしー
昭和のヤンキーかよ…。

そんな高校での生活に、不安を抱かずにはいられませんでした。

 

しかし、大きな幸運もあったのです。

僕の高校にはヤンキーみたいな人が存在する一方で、一部優秀な人も存在しました。

それが、学内に1クラスだけ存在する進学コースのメンバーです。

 

僕は普通コースに通っていたため、基本的には交流は無いのですが、入部した部活の同期が進学コースに所属する人ばかりで、結果的にも一流大学に進学する人ばかりだったのです。

今となって思うと、この選択は僕の人生においての大きな幸運でした。

 

人生には、そういったことがたくさんあります。

その時には辛かったり、苦しくても、後々になって思い返すとラッキーだったな、と振り返れるような。

今は大変な受験勉強も、貴方にとってかけがえのない時間になるかもしれない。

その為にも、今この時を精一杯頑張って欲しいです。

パート2に続く…

偏差値30台からの早慶逆転合格体験記<パート2>

2017.07.07

偏差値30台からの早慶逆転合格体験記<記事まとめ>

2017.07.05

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ABOUTこの記事をかいた人

田舎の自称進学校(偏差値40台)の出身。高校2年生の秋まで学年最下位を争い、模試では偏差値30台を連発。一念発起し、効率の良い勉強を追求した結果、現役で早大に逆転合格。